遭遇

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江元が駅に着いたときには、普段乗る快速電車が出た後だった。ホームには各駅停車を待つ列と快速電車を待つ列があった。都心へ通う人が多いから、快速電車の列は常に長い。列の後尾に並び、微妙な緊張感を覚える。朝の通勤電車で見る顔の多くは見知ったものだが、1本違うだけで、列に並ぶ顔は知らない男女ばかりだからだ。 この中にも痴漢がいるのだろうか、などと想像しながら周囲の男たちの顔を見ると、自分が卑しいものになったような気がする。しかし、痴漢の被害にあう女たちは、普段からそんなことを考え怯えているのかもしれないと、憐れむ気持ちもあった。 各駅停車の電車が停まり、僅かに降りた乗客が快速電車の列に並ぶ。各駅停車を待っていた長い列が車両の中に飲みこまれる。 人は何故、自ら苦難に飛び込むのか。勤務先が徒歩圏内にあるのなら、あるいは、職場が都心に集中していなければ、人は朝晩の満員電車で苦汁を味わうことなどないのに。……江元は電車に乗り込む人々をタビネズミの列が断崖から飛び降りる姿と重ねていた。
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