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江元を包む闇は深くなっていった。トンネル沿いに所々で光っていた非常灯も徐々に数が減り、眼の届く範囲にはひとつもない。
「非常口はどこだ……」
暗闇の中で足を止めて四方を見渡すが、非常口どころか灯り一つなかった。灯りだけではない、江元を探す人の声も、電車が走るレールの響きも、トンネルを流れる地下水や風の音もない。あるのは暗闇と静寂のみ。気付けば、足元にあるはずのレールの感触も消えていた。
「娘のためにも、仕事を失うわけにはいかない」
江元は決心を口にして歩き出す。
「どうして、どうしてこうなった」
同じ言葉を繰り返す。それだけが暗闇に存在する音であり、意味だった。分かるのは、もう後戻りはできないということだけだ。
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