痴漢

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「喧嘩か?」あちらこちらで推理する声があった。満員電車ではほとんどの乗客は荷物のように扱われることに慣れていたが、極まれに自分というものを捨てきれない者がいて、押したとかぶつかったとかいったトラブルになることがある。 「痴漢か?」意図的かどうかに関わらず、満員電車で男女の接触を避けることなど不可能だ。それで両手で吊革につかまりアリバイを作る男も少なくない。『梨花に冠を正さず。地下鉄に吊皮を離さず』痴漢に間違われないための江元独自の格言だ。鞄を持った左手を身体にぴったりと引き寄せ、右手で吊革をギュッと握った。 「地下鉄の花子さんって、知ってる?」 少し離れた場所から少女のものらしい澄んだ声がする。 「知ってる、知ってるぅ。私綺麗?って、聞いて来るってやつでしょ」 「あれ、綺麗だって応えなかったらどうなるの?」 「分からないわ……」 なんだ、トイレの花子さんと口裂け女の話が一緒になっているじゃないか……、そんな噂話をする少女たちに微笑ましいものを感じていられるのは僅かな時間だけだった。
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