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彼は彼女に何かを告げると、なぜかまっすぐ僕の方へと歩いてきた。
僕は、彼が見ているのは僕ではない、と思おうとした。だが確実に、彼は僕を見据えている。
不思議と、僕は彼から目を逸らすことができなかった。
そうして彼との距離の単位がセンチメートルに切り替わったとき。
「悪い」と彼は囁くように言った。
「五分だけ、俺の言う通りにしてほしい」
「え?」
「頼む」
どう答えていいか分からず、僕は一瞬言葉に詰まった。それが間違いだった。彼は僕の無言を了承と受け取ったらしい。
「名前は?」
「穂高、祈莉」
いのり。彼は僕の下の名前を繰り返した。
彼に手を引かれ、気付けば僕は修羅場のど真ん中に立たされていた。
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