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「とにかく、あの女の人に近づいてはいけません」
少女がくるりと背中を向けるので、ぼくは後ろ髪を引かれる思いで声をかける。
「あっ、待って。ぼくは空木トウマ。きみの名前は?」
「……美伏(みふし)タユナです」
うつむき加減で声を震わせると、孤高の少女がオオカミとともに歩き去った。
その夜──。
アヤカの姿が、眼に焼きついて離れなかった。
あれは決して幻覚ではないと、タユナとナライの邂逅が告げている。
“この世界の半分は偽りでできている”
この世界は穢れているよ。
アヤカはこの世界と決別して、精霊の世界へと旅立ったのだろうか。
いまでも彼女の言葉が、黒い瘡蓋(かさぶた)のように残っている。
“……せめて一緒に…………”
まだ眼を閉じると、紅の唇が目蓋の裏にこびりついていた。
「せめて彼女の願いを叶えてやろう」
ぼくは祈るように誓った。
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