午後4時44分、精霊の囁き

4/18
前へ
/18ページ
次へ
「なにをしているの?」 気づいたときには言葉がこぼれていた。 「……あなた誰?」 アマリリスの花のように濃い紅色の唇が、やさしく線を曲げて問いを返してきた。 「ぼくは空木(うつぎ)トウマだよ。き、きみは雪ノ下アヤカさんだよね」 そう言いきったときに「しまった」と後悔する。 見ず知らずの男が自分を知っていると思われたら、きっと気味悪がられ敬遠されると考えたからだ。 「そう……あなた投稿サイトを読んでるの?」 少女というには憚れる大人びた美貌に陰がさした。 「ぼくも小説を投稿してるんだよ。もっとも、誰も読んでくれない底辺だけどね」 「好きで書いていれば関係ないわ」 大人びた表情で言われて、頬が地獄並みに火照ってた。 彼女は自分の才能をひけらかすことなく、また駅の壁を俯きながら眺めている。 顔の半分をおおうほどの長い黒髪がさらりと垂れた。 「もしかしたら、幻の1番線……?」 ぼくはおそるおそる訊いた。 この地下鉄M駅には1番線が無い。 2番線の反対側に本来あるはずの場所に線路は無く、ホームの延長のように通路と壁があるだけなのだ。 どうやらM駅が開業した当時、諸問題の関係から1番線は「廃止」に追いこまれたらしい。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加