第一話 彼の秘密

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「あ、半額…」 大きく”半額”と貼られた刺身の盛り合わせを手に取るが、カゴにいれる前に考えた。 最近手料理という料理をしていない…。 外食かレトルトかこういった惣菜を適当に買って帰るだけ…。 一人暮らしを始めた頃は、いろんな料理本を読んで嬉しそうに付箋をつけていた遠い昔の自分を思い出す。 いつか作る時のためによくわからない調理器具や、いつか誰かが遊びに来るであろう時のために余分にお洒落な食器なども買いそろえていた。 それも今や開封せず勿論使用もせず。 実家で長い冬眠を迎えている。 「ただいま~」 真っ暗な玄関の明かりをつけても、そこには美味しそうなご飯のにおいも、迎えてくれる人もペットもおらず、朝に家を出たそのままの景色が目に入ってきた。 上下揃っていないジャージに着替え、ベランダに出て洗濯物をとりこみ、冷蔵庫から冷やしたビールを取りだし、これといって楽しみにしているわけではないが直ぐ様テレビの電源を入れて、皿も出さず、パックのまま刺身を食べ始める。 もぐもぐ 平日に映画鑑賞をする気力もなく、読書も忙しいを理由に手に取らず、編み物などの可愛らしい趣味もなければ、ジムで体力作りや習い事などをするやる気もない。 「今日野球ばっかりじゃん」 食事を済ませばすぐにお風呂のスイッチをいれ、ささっと洗い終えた後は防水スピーカーで少し音楽を聴いてから湯船を出る。 美幸に半分強制的に買わされた保湿に特化した高額スキンケア一式をつけ、以前会社で発売した軽量のサテン生地のパジャマを着て布団に入る。 快眠のために軽いストレッチもしないし、快眠のためにアロマや加湿器も点けない。 疲れて眠くなっていたらいつの間にか寝る。 どこでも寝る。 快眠にこだわっている会社の社員にはふさわしくない思想だが、これに至っては仕方がない。 「だいすきな人と寝ればぐっすり…か…」 子供はお母さんと、妻は夫と、恋人は恋人同士…。 確かに体温とか、安心感とか、幸福感とか関係してくるのだと思う。 目を閉じて自分の記憶を辿ってみるが、生まれてから27年間初婚もなければ当然出産も経験していない。 同棲したこともないし、むしろ家に恋人を呼ぶような展開がおこる前に自然消滅したり、フラれたり、浮気されたり…。 「…眠れない…」
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