第一話 彼の秘密

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「あー…はは、すみません何度も。何が大変そうなのかなーと思って来ちゃいました」 サンプルやら資料やらでぐちゃぐちゃで汚いデスクを彼が覗き込む。 隣の美幸の綺麗なデスクとあまりにも対極すぎて、恥ずかしさが倍増した。 そんな私の感情の葛藤には気づかず彼はサンプルの生地を数枚手に取る。 「新商品…ですか?」 「え…あ、そうなんです。まだまだ企画段階なんですけど…下着メーカーとのコラボで…」 「あ、それこの前耳にしました。凄いですよね、コラボが実現できるなんて。あの会社、自社ブランドの固執が強かったのに」 彼は資料と私を交互にみる。 笑った時の目尻のシワや、少し長い八重歯や、先ほどネクタイを緩めたために垣間見える首筋……と目線が一定できず泳いでいて、最終的に床ばかり直視していた。 「納品前でもないのに残業するくらい追われてるんですか?」 「あー……いや、それが明日ミーティングで商品の最終決定なんですけど…。朝受け取るはずの工場からのサンプル配送が遅延して、商品加工の依頼が間に合わなくて…。それで、自分で商品に少しでも見えるように裁縫して…それで……資料を作る時間がこのような時間まで…。外注の方から生地資料を商品と一緒にもらうはずだったんですが取り消して自分でやってしまったので…良く説明できる資料が作れなくて…」 なんだか惨めになってきてしまう。 弱音だし、失敗だし、言い訳だし。 それをまさか新名くんに話さなくてはいけないなんて。 「僕、ひとつ前はベビー服担当だったので、生地資料とかわかりますよ」 「え?ほ、ほんと!?」 「ちょっとデータ残ってるかパソコンで確認してみますね。赤ちゃんは敏感肌なんで、そういう知識入れようとしてたんですよね」 「あ、ありがとうございます!」 「はは!いいですよ全然。あと僕に敬語必要ないですよ。寿さんは先輩なんだし」 「そ、そうなんだけど…部署も違うし…そ、そんなに喋った事ないから、馴れ馴れしいかなって…」 「気なんか使わないでくださいよ」 私なんか放ってせっかく早く仕事終えたんだから帰宅なり寄り道なり退社すればいいのに…。 こんな関係ない部署の、自分の業績に反映しない仕事に助けてくれるなんて…。 「いい人だなぁ…」 はっ。 ついつい口も顔も緩んで、意識なく声に出してしまっていた。 こらこら、仕事しろ私!
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