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見かけ上平穏な日々は続いていた。
四月になり、高城くんは晴れて社会人一年生となった。新入社員としての研修が終わったら正式に配属が決まる。忙しい合間を縫ってわたしと会ってくれた彼は抹茶のフラペチーノをストローの先でかき回しながらちょっと憂鬱そうに呟いた。
「思ってた以上にやっぱ、余裕ないね。五月の連休明けまでずっと研修期間だから本格的に仕事始まるよりは大変じゃないだろうって考えてたんだけど…。なんか、毎日のようにいろんな事業部を回らなきゃいけないし。その度行く場所も変わるし、合宿研修とかもあったり…。平気で土日にかかったりするしさ」
まぁ、雇ってもらった以上有難いっちゃ有難いし、文句言えないんだけどね、と力なく笑う彼にテーブル越しに手を差し伸べる。やっぱり疲れてるな。こういうスィーツ系の飲み物を頼む彼も今まであまり見たことないし。その手の甲に手のひらを重ねると、微笑んでもう片方の手でそっと挟むように包み込んでくれる。いつもの高城くんだ。
「わたしも新人の時は慣れない生活でぐったりしてたなぁ。神経も使うし、つらいよね。土日にかかっても、代休はちゃんと貰えるでしょ?」
彼は軽く口許を曲げた。
「まぁ、研修とは言え勤務だから。でも、平日に休み貰っても…、夜里さんは仕事だし。何にもならないよ、君に会えないんなら」
ややむくれた声。また、そんな。可愛いこと言っちゃって…。変なにやけ顔にならないよう懸命に顔を引き締める。
「そんな。却ってゆっくり休めていいかもよ。わたしと一緒だとあれこれ歩き回って、結局休んだことにならないじゃん」
お姉さんぶって諭すと、高城くんの方も何だかいつもより子どもっぽく甘えた声になる。わたしの手のひらを自分の頬に引き寄せてそっと押し当てた。
「そんな、…家で寝てるよりずっと、夜里さんと過ごす方が休まるよ。君の顔見てるだけで疲れだって吹っ飛ぶし。本当に、毎日夜里と会えたらいいのになぁ…」
調子に乗ってうっとりしてたらなんか、雲行き怪しくなってきた。わたしは慌てて早口で提案する。
「仕事慣れるまで、できたら毎日夜電話で話そ?懇親会とかまだ結構あるだろうから、都合のつく時だけでいいけど…。やっぱり声聴けた方がいいもんね。わたしも高城くんの声、眠る前に聴きたいよ、毎日」
「だから。…やっぱり一緒に住みたい。同じ部屋に帰って、抱き合って眠れたらいいのになぁ…」
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