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①
「きみょうなものがついてますよ」
7月後半の真夏にさしかかろうとする午後三時半……。
ガラガラに空いた電車の中でその女子高生は真剣な眼差しで隣に座る男にそう言った。彼女に話しかけられた男は40代半ばのサラリーマン。
最初は自分へ投げかけられた言葉とは思わず、彼はきょとんとした顔で女子高生を見つめる。10秒ほどして彼女の言葉と、その眼差しが自分に向けられていると理解して怪訝な顔をした。
その少女はわかってないな、と言う表情をありありと浮かべると、仕方ないと言った風に溜息をつき、もう一度サラリーマンに言った。
「きみょうなものがついてますよ」
彼は眉根を寄せて、聞き返す。
「え?僕の服に何かついてるのかな?それとも……」
彼は自分の髪にそっと手をやってゴミでもついてるの?とでも言う様にジェスチャーをした。
……が、彼女は表情を変えずに首を振る。
黒いストレートの髪の毛がふわりと揺れて、周囲に彼女のシャンプーなのかオレンジに似た妙に甘ったるい香りが漂った。
サラリーマンは彼女の態度を気にしつつ、自分の手の甲と掌を見た後、スーツに視線を落とし、ズボンに何かついてるのではないかと確認するが、やはり何もついてはいない。
その時、かの女子高生の甘ったるい香りが物凄く近くでしたのでハッとして顔を上げた。
少女の顔が驚くほど近くにあったのだ。
強い太陽に晒された窓枠が車内に落とす影と、ガタゴトと言う音が規則正しいリズムで続いていく。
彼は息が止まるほど驚いて、本の少し後ずさりした。
口元を歪めて搾り出すような声で彼女に尋ねた。
「ちょ……なんなんだ君は?!」
それを聞いて彼女は無表情のまま、すぅっと人差し指で彼の両方の目を交互に指差して静かに答えた。
「だからね、ココ……ココについてるんです」
「え?」
「奇妙なモノが憑いてるんですってば。真っ黒い気味の悪い影だよ。取り憑かれてるんじゃないかな?おじさん大丈夫?」
彼はそこでようやく彼女に“得体の知れない何か取り憑かれている”と言われているのに気付いてムッと来た。
「何だ……からかってんのか!?」
彼はこの手のネタ話しが嫌いだった。そもそも神様だとか幽霊だとか化け物なんてモンは人間の畏敬や恐怖が生み出した単なる幻想…まやかしに過ぎない。
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