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③
彼女のやけに白くて細長い指が自分に向けて迫ってくる。胸がムカムカして、抑えつけられた様な重苦しい漠然とした痛みが神経や血管を伝ってズクズクと肩や歯茎や目にまで広がり、足の先はスゥーと血の気が引いていく。
酷く様な嫌な気分だ。
そんな焦る彼を見て、彼女は又微笑んだ。だが、穏やかな微笑みではない。その微笑に何やら途方もない不気味さと恐怖を感じたその瞬間だった。
「やめなさい」
穏やかだがハッキリした声が車内に響く。
彼女の動きがピタリ、と止まった。
その指先は彼の目玉にもう少しで突き刺さる寸前。
「その男はオマエの餌食ではない」
声の主は向かいの席に座った老婆だった。
いつの間にソコに座っていたのか、いつ来たのかはワカラナイが、当たり前の様にソコに座っていた。強く鋭い眼光と、ハッキリした意志の持ち主を現す口元が老婆の人間性を物語っている。
少女は何事かと言った表情で老婆を見た。老婆は呆れた様に溜息をつく。
「やれやれ、厄介だね。勝手に死を選んでおいて誰かを道連れにしようなど、見当違いも甚だしいってモンだ」
少女はゆらり、と回転するとサラリーマンから離れ、首を傾げ、驚いた様な…でもうつろな目で老婆を見る。
「おや、また忘れたのかい。アンタはね、死んでるんだよ。毒を飲んで。アンタの父親の実験室から盗んだシアン化合物飲んで。もぅかれこれ11年も前の話しだ。その男の目ン玉に映ってた黒い影はね……」
老婆は彼女を指差し言った。
「アンタ自身なんだよ。」
老婆にその言葉を放たれた途端、少女は
「イイイイィイイイッ」
と奇妙な声を発すると、車両内に二人を残して掻き消えた。
老婆は少女のいなくなった空間をぼんやりみながらやれやれ、と大きく深呼吸した。
「全く、奇妙なモノが憑いているって自分自身が“憑者”だって気付かないからタチが悪いよ……所で――…ねぇ、そこの兄さん」
サラリーマンはワケがワカラナイまま老婆の方を振り向く。自然と体が動いているが彼は混乱していて気付かない。
「あんた、ちょっと痩せた方がいいよ」
老婆は溜息混じりにそう言うと、席を立ってその車両を後にした。
ファーン……
奇妙な空気を取り払うかの様に車内にタイフォンホイッスルが柔らかく強く鳴り響く。
ガタンゴトンの電車の揺れにホッとして、彼はそのまま目を閉じてぐったりと眠りについた。
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