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ピピッ、と車のロックを解除する音がやたら大きく響いた。
「由井」
車の影の暗闇から姿を現したのは、星崎の第一秘書である伏見だ。
由井は一瞬目を見張ったが、すぐに微笑みながら伏見の肩に手をかけた。
「伏見さん、いかがなされたのです」
堅苦しい口調とは裏腹に由井は誘うように伏見の首に腕を絡めた。
「鈴蘭はどうだった…」
「さあ、どうでしょうね。あなたは鈴蘭の教育係も兼任していらっしゃるのですか?だったら慰めてあげてはどう?昔、椿にしてあげたように。その優しさで、僕から椿を奪ったように…」
「由井……」
「ふふ…。あなたでもそんな情けない顔をされるのですね。僕とつきあっていた頃はそんな顔見せたこともなかったのに…」
伏見の首から腕を離し、由井は車のドアを開けた。
「ねえ、伏見さん。あなた、なぜ椿と番にならないのですか?もしかして、僕に遠慮してですか…」
伏見は由井の問いには答えず、ぎゅっと唇を真一文字に結んだ。
由井は伏見の真意を探るようにじっと瞳を見つめた後、そっと視線を彼からそらし溜息をついた。
由井と伏見、そして椿の間には目に見えない糸が絡まり合っている。
由井はそれをすっかり裁ち切ることができずにいた。
「あなたは…やっぱり優しい人だね…」
由井の呟きはドアの開閉音にかき消された。
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