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誠悟の家は一般的なごく普通の戸建ての住宅だった。 父親は医者をしていると言っていたが、特にこだわった注文住宅などではないようで、似たような外観の家々が通りに規則正しく並んでいた。 車一台分の駐車場の片隅に錆びた子供用自転車がぽつんと置かれている。 幼い頃の誠悟が乗っていたのだろう。 しかしもう乗れなくなったその自転車はやたらうら寂しく感じられた。 母親がいればきっと息子の成長に合わせてそれを処分したり、新しい物に買い換えたりするのだろう。 でも仕事に忙しい父親は、もう誠悟が乗ることの出来ない子供用自転車を処分する暇さえないのかもしれない。 いや、それがそこに置きっ放しになっていることにすら気がついていないのかも、と思うと、父子二人暮らしの生活の大変さが垣間見えたような気がして鈴蘭の胸は切なくなった。 誠悟は父親を尊敬している。 それは言葉の端々から感じ取ることができた。 しかし母親についてはひと言も誠悟の口から語られたことはない。 自分の親子関係だって他の家族から見たら歪なものだと鈴蘭は思う。 しかし正義感溢れ、人に優しい誠悟の家に母親がいないという事実がどこかしっくりと来ない。 誠悟は、父母の愛情をたっぷり受けて育った見本みたいな人柄をしているように思う。 だから誠悟はもしかしたら酷く悲しい思いを体の奥底に飲み込んでいるのではないか、と思う時がある。 彼を襲う悲しみが、誠悟をとても優しい人にしているのではないか、と──。
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