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「あの人の……こと……」 誠悟にとっては鈴蘭の言葉は突然すぎたようだった。 いつも明るい光を絶やさない瞳が、ゆらりと一瞬濁る。 「うん……。とてもプライベートなことで失礼な質問なのはわかってる。でも僕、誠悟とは一生を共にしたい。だからもし、誠悟もそう思ってくれているなら……、君のお母様のこと、僕は知りたい」 誠悟は少し躊躇った後、微かに唇を震わせた。 「俺の、母親は……」 掠れる誠悟の声。 鈴蘭は彼の手をきつく握った。 「母親は、運命の番と出会って、俺と父親を……捨てた」 「え」 今度は鈴蘭が目を瞠る番だった。 何か余程語りたくない事情があるのだろうとは感じていたが、まさかここで『運命の番』という言葉を聞くとは思っていなかったのだ。 「母は、アルファだった。普通の主婦で、母親で、誰よりも俺と父さんを愛してくれていた。なのに出会ったんだ、運命と……。だから俺は、運命の番なんていうものを心の底から憎んでいた……」 誠悟の瞳から涙が一粒流れ落ちたかと思うと、後から後から誘われるように涙が頬を濡らしていく。 鈴蘭はそれをただ見つめていた。 「俺は、アルファそしてオメガという性を憎んでいた。運命なんていう簡単な言葉を使えば全て許されると思うのか──って。だから俺は誰のことも好きにならないって決めた。もし、運命でない人間と結婚してその後に運命に出会ったら……。だけど、鈴蘭に出会ってしまった。一番憎んでいた『運命の番』という存在に」 これが誠悟が今まで自分を語らなかった理由だったのか。 運命を憎む気持ちと、その運命に逆らえない自分達。 誠悟はその両方の気持ちを抱えながら、しかし鈴蘭に優しく寄り添ってくれていたのだ。
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