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運命は時に人生さえ狂わせる。 順風満帆だと信じて疑わなかった人生の歯車が狂い始めたのは、小学五年生の秋だった─── その日は授業が六時間目まであり、誠悟は大急ぎで帰路についた。もうすぐ四時。学校で決められた遊び時間は午後五時までだ。 一旦帰宅してランドセルを置き、早く公園に集合しなければならない。誠悟は駆け足で家に帰り、玄関のドアに手をかけた。 違和感はその瞬間から始まっていた。 いつも誠悟が帰宅する時間には、母が鍵を開けておいてくれた。それが今日はガチャガチャといくら引いてもドアは閉まったままだ。インターフォンを押しても何の反応もない。 「おかーさーん?」 緊急事態用に持たされていた鍵を使い、誠悟は家の玄関を開けた。 リビングに続く廊下は薄暗く、しんと静まり返っている。 ごく稀に、母は買い物に出かけて留守をしていることがあった。今日もきっとそうだろうと、誠悟はリビングへと向かった。 いつもなら靴も脱がずに玄関先にランドセルを放り投げ、そのまま遊びに行ってしまうのだが、その日はなぜか胸騒ぎがした。 「お母さん?」 誰もいないリビングに入り母を呼んだ。 部屋は綺麗に掃除されていた。いつも以上に整頓されたリビングは、まるでよその家みたいだった。 食卓の上に、ぽつんとひとつだけ白い封筒が置かれていた。 『誠悟へ』 母の文字だった。
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