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春先に発情期の猫を見た。 ナアナア、と尋常じゃない鳴き声を上げる猫。 雄猫は、雌猫のうなじに噛みつき身動きできないよう押さえつける。本能のままに自分の種を注ぎ込む盛りのついた小さな獣。 あの獣と自分達はどこが違うというのだ。 人間には理性というものがあるじゃないか。理性があるからこそ人間なのだ。 世論はオメガ性を穢れたもののように言うが、人間に与えられた理性を失うのなら、アルファだってオメガと同等だ。 自分の血に混じる狂気に誠悟は怯えた。 幼い頃から両親には平等という教えをたたき込まれてきた。オメガだから、アルファだから、そういう考えは正しくない、と。 だから誠悟は相手がベータでもオメガでも分け隔てなく接してきた。 表面上は。 しかしオメガという性を恐れていたし、憎んでいた。 いつか自分も母のように、オメガに狂わされるのではないか。オメガさえ存在しなければ、自分は人としての威厳を損なわずに生きられるのに、と。 そして本当に怖いと恐れていたのは、『運命の番』という存在だった。 もし将来、自分が家庭を持ち子をなした後で、運命に出会ってしまったら。自分も母と同じように全てを捨ててしまうのではないか。 だったら誰のことも好きになどならない。誠悟は恋する心というものを自分の奥底に封じた。どんな女の子に告白されても全て断ってきた。 一生ひとりで生きる覚悟を決めていたのに。 出会ってしまったのだ。あの夜。あの薔薇の園で嗅いだ甘い香り。 鈴蘭に、運命の番に。
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