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初めて鈴蘭を見た瞬間、『ああ、これが運命なのか』とはっきり感じた。 鈴蘭の体から誘うような甘い香りがしたのだ。 オメガのフェロモンを嗅いだのは初めてではなかった。街中で突如発情期に入ってしまったオメガに遭遇したことがある。 口さがない人がその匂いのことを『オメガ臭い』と言うが、確かにオメガ特有の匂いというものを誠悟も感じた。本能に訴えかけてくる匂い。見知らぬオメガの匂いは鼻腔の奥にこびりついて、嫌な言い方だとは思っていても、やはり臭いと感じた。 しかし鈴蘭から香る匂いは、甘く優しく、狂おしかった。そしてその甘い香りに、狂ってしまいたいと本能で思った。 ぴたりと鍵穴に鍵が填まるように、この香りは自分にだけ好ましいものなのだとわかる。 欲しい、と心が訴えかけていた。 そこにはオメガに対する怒りも恐怖もなく、ただ欲する心に支配されていく。そんな感覚は初めてだった。 薔薇の園で鈴蘭と番おうとした時、全身が歓喜していた。 見つけた。この世でたった一人、自分の運命の番。欲しい。欲しい。欲しい。 心臓がはち切れそうなほど鼓動して、無我夢中だった。
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