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だから、「もっと誠悟のことが知りたい」と鈴蘭に言われた時はぎくりとした。鈴蘭の瞳は、誠悟の葛藤や穢らしさを見透かしているようだった。運命でなくても愛しているという鈴蘭の告白に、誠悟は堂々と同じ気持ちを返すことができなくなってしまったのだ。 「きっと運命の番だから鈴蘭を好きになったんだと思う」 酷い言葉だと思う。きっと鈴蘭の心を傷つけたに違いない。 しかし上っ面だけの言葉を吐いたとしても、鈴蘭はそれを見破っただろう。心のどこかに、自分がどんな酷いことを言ったとしてもきっと鈴蘭は受け入れてくれる、そんな驕りのような気持ちがあったに違いない。 弱い自分を鈴蘭は、聖母のように優しく包んでくれるだろう、と。 あの時の鈴蘭は、正に聖母のような慈愛に満ちていた。彼の身体から立ち上る甘い香りは、優しく誠悟を包み込んだ。 初めて持った肉体的な繋がり。それは甘く、酷く悲しかった。 自分がアルファでなければ、そして鈴蘭がオメガでなければ、もっとお互いを尊重しあうセックスが出来たに違いないのに。最中の誠悟はまさに獣としかいいようがなかった。 抗えない本能が悲しくて、鈴蘭を優しく抱けない自分が憎くて、涙で視界がぼやけた。ぼやける視界の中にあった鈴蘭の顔を、きっと一生忘れることはできないだろう。 鈴蘭は、誠悟を鏡に映したかのように悲しい顔で喘いでいた。 もっと幸せに笑っていてほしいのに。こんな悲しい顔をさせたいわけじゃないのに。 運命じゃなく、ただの恋人同士だったらよかったのに。
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