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この笑みが崩れないように、この寂寥感が誠悟に伝わらないように。鈴蘭は微笑み続けた。
「俺、被験者なんだけど」
「うん」
「だけど俺のデータ、役にたたないかも」
「え?」
誠悟の手が鈴蘭の頬にのびた。暖かい両の手のひらで頬を包まれて、うかつにも泣きそうになる。
「運命の番にもこの新薬が効くかどうかがわからない。だってこんなにも、鈴蘭に対してドキドキしてる。胸が騒ぐ。欲しいと思う。──好きだって思ってる」
一瞬にして鈴蘭の視界は誠悟でいっぱいになった。唇に感じるのは誠悟の体温と、少しかさついた誠悟の唇の感触。
「俺、たくさんの人に会ったよ。たくさんのオメガにも会った。でも誰にもこんな気持ち、抱かなかった。離れていても、会えなくても、こんなに恋い焦がれたのは鈴蘭だけだった。好きだよ、鈴蘭。いなくなってわかった。俺は鈴蘭に、ちゃんと恋してたんだ」
「──誠悟……っ」
穏やかな恋をしてほしいと思った。運命なんかじゃなく、穏やかな恋情で、誠悟を苦しめることのない恋を。それを与えられるのは自分ではないと思った。他の優しい誰かが、彼を癒してあげてほしいと。
でもこんな結末を願っていた。世の中の誰よりも、誠悟に焦がれてほしいって。
「鈴蘭、つきあってください。もう一度、運命じゃあない、俺と恋から始めてください」
誠悟は穏やかに笑って鈴蘭をみつめていた。答えは言わなくてもきっと伝わっている。それが運命の番という絆だ。それでも鈴蘭は確かめるように一語一句かみしめて答える。
「はい。僕も誠悟がずっと好きでした。僕とつきあってください」
小さな教室が甘い香りで満たされたような気がした。
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