9

15/15
前へ
/194ページ
次へ
この笑みが崩れないように、この寂寥感が誠悟に伝わらないように。鈴蘭は微笑み続けた。 「俺、被験者なんだけど」 「うん」 「だけど俺のデータ、役にたたないかも」 「え?」 誠悟の手が鈴蘭の頬にのびた。暖かい両の手のひらで頬を包まれて、うかつにも泣きそうになる。 「運命の番にもこの新薬が効くかどうかがわからない。だってこんなにも、鈴蘭に対してドキドキしてる。胸が騒ぐ。欲しいと思う。──好きだって思ってる」 一瞬にして鈴蘭の視界は誠悟でいっぱいになった。唇に感じるのは誠悟の体温と、少しかさついた誠悟の唇の感触。 「俺、たくさんの人に会ったよ。たくさんのオメガにも会った。でも誰にもこんな気持ち、抱かなかった。離れていても、会えなくても、こんなに恋い焦がれたのは鈴蘭だけだった。好きだよ、鈴蘭。いなくなってわかった。俺は鈴蘭に、ちゃんと恋してたんだ」 「──誠悟……っ」 穏やかな恋をしてほしいと思った。運命なんかじゃなく、穏やかな恋情で、誠悟を苦しめることのない恋を。それを与えられるのは自分ではないと思った。他の優しい誰かが、彼を癒してあげてほしいと。 でもこんな結末を願っていた。世の中の誰よりも、誠悟に焦がれてほしいって。 「鈴蘭、つきあってください。もう一度、運命じゃあない、俺と恋から始めてください」 誠悟は穏やかに笑って鈴蘭をみつめていた。答えは言わなくてもきっと伝わっている。それが運命の番という絆だ。それでも鈴蘭は確かめるように一語一句かみしめて答える。 「はい。僕も誠悟がずっと好きでした。僕とつきあってください」 小さな教室が甘い香りで満たされたような気がした。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1989人が本棚に入れています
本棚に追加