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未知が何か喋っているが、全ての神経が誠悟へと向かってしまい何も耳に入らない。 「ごめん…未知。僕、ちょっと人に酔っちゃったみたいで……」 「えっ、大丈夫?」 「うん…、ちょっと、外に……」 未知が心配してくれるのに、その顔を見ていられない。 それよりも少しでも誠悟から離れなければ。 これ以上、未知を裏切るような感情を抱いてはいけない。 鈴蘭はふらつきながらポーチへと出た。 夜風に乗って薔薇の香りが届いてくる。 ライトアップされた庭園には赤やピンクの薔薇達が咲いていた。 まるでそこに自生しているかのように、自然に枝を伸ばす薔薇の茂み。 鈴蘭にとって薔薇の香りは幼い頃から嗅ぎ慣れた香りだ。 星崎を代表するパルファムのひとつであるローズの香り。 自分の中に流れているオメガの血の香りだと思うと、鈴蘭はどうしても好きになれなかった。 だのになぜか今、鈴蘭はその香りに誘われるように足を進めている。 自由に生い茂る薔薇の茂みの暗闇に隠れるようにしゃがみ込み、そっと鼻先を薔薇に埋めた。 勝手に咲くがままにされているような薔薇だと思ったが、しっかり手入れされているのか棘は取り除かれていて、鈴蘭はその茂みに倒れ込んだ。 まるで優しく抱きしめてくれるかのように、薔薇達は鈴蘭を隠してくれる。
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