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──運命なんてないんだよ。 昔、椿が呟いた言葉が脳裏に浮かぶ。 運命の番なんて存在しない。 彼は幼い鈴蘭にそう言った。 じゃあこれは──、この理性ではどうしようもできないほどの狂おしい気持ちは何? 心が身体が、鈴蘭の全てが──彼を求めてやまない気持ちはどうして? ドレスが土に汚れるのも気にせず、鈴蘭は仰向けになり夜空を見た。 現世からかけ離れたような館だが、都心が近いせいか星は見えない。 空は靄のような薄いベールに覆われて、少しも本来の美しさを見せてはくれなかった。 ぽっかりと月だけが光を放っていて、鈴蘭は考えるのを止め、そのまん丸い光だけを見つめていた。 「あの、大丈夫?」 誰にも見つからないよう隠れていたつもりなのに、見ていた夜空を隠すように人影が覆いかぶさってきた。 逆光のせいでその顔は真っ暗だ。 でも鈴蘭にはそれが誰だかすぐにわかった。 「は、こみやさん…」 誠悟が後を追ってきたのだと。 誠悟は鈴蘭の横にしゃがんで、じっと顔をのぞき込んでくる。 「……君から甘い香りがする」 独り言のように囁かれた瞬間、鈴蘭は彼に腕を伸ばしていた。
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