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「その箱、クッキー?」 夢の中で鈴蘭が手にしていた焼き菓子の箱。 なぜか椿もそれを手にしていた。 夢と違うのは椿の髪の長さだけだ。 夢の中の椿はその艶やかな黒い髪を胸の辺りまで伸ばしていた。 しかし現実の椿は長かった髪をこの家を出る際、あっさりと切り捨ててしまった。 もうこの館には戻らない。 鈴蘭には椿が髪の毛と共に自分と星崎家の人間を切り捨てたように思え、その当時はとても悲しかったのだ。 その短くなった椿の髪を窓から入る風が揺らしている。 「九条さんがお見舞いに花束と一緒に送ってくれたんだ。食べる?」 蓋を開くと夢とは違い、クッキーは一枚たりともひび割れる事なく綺麗に並んでいた。 ふわりと香るバターと小麦の匂いにつられ、鈴蘭はその中の一枚に手を伸ばした。 「おいしい」 昨日は結局、昼に食事を摂っただけでその後ジュースくらいしか口にしていない。 その優しい甘みに笑顔がこぼれた。 「ねえ、九条さんって未知?」 未知は鈴蘭と誠悟の事を知っているのだろうか。 急に不安が押し寄せて、つい縋るように椿の服の端を掴んだ。 「え…?いや、おじいさんの方」 「そっか…」 もしかしたら未知は怒っているかもしれない。 せっかくの楽しい夜を鈴蘭の発情期がぶち壊してしまった。 未知の彼を惑わせたのは自分だ。 「…聞いたよ。由井から。鈴と未知の好きな子が…」 珍しくはっきりものを言う椿が言葉を濁した。
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