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「ねえ、椿ちゃんの好きな人って誰?」
椿は二年前、好きな人を追いかけてこの家を出た。
大人達は猛反対したけれど、椿は「いつまでも星崎の着せ替え人形なんかやってられない」とあっさりと家族を捨てようとしたのだ。
椿と椿の両親の大喧嘩を目撃して、鈴蘭はもしかしてもう椿は自分達と絶縁する気かもと怯えた。
揉めに揉めた末、通っている大学の学費を援助する代わり、次のオメガ──つまり鈴蘭へと代替わりするまで星崎のマスコットの役目を果たすという条件で和解したのだった。
鈴蘭にとってこの離れはどこもかしこも椿との思い出に溢れている。
ほんの数年だけだったけど鈴蘭と椿はこの館で兄弟のように過ごした。
初恋の人であり、兄のように慕っていた椿。
椿が出て行く時には、その見知らぬ人に椿が盗られてしまったかのように感じた。
「ねえ、誰?もう教えてくれてもいいでしょ。僕の知ってる人?知らない人?大学の人?」
「さあ…、秘密」
何度尋ねても椿はこうやって微笑みで誤魔化してしまう。
もしかして鈴蘭達にとても近しい人なのかも、と最近は考えるようになった。
「じゃあ椿ちゃんとその人は番わないの?あ…、もしかしてベータかオメガの人?」
短くなった襟足は綺麗なものでひとつの傷痕すらみられない。
「いいや、アルファだよ」
「じゃあもしかして椿ちゃんの片想いとか?」
家を飛び出すほどに好きな人ならきっと番になりたいとお互いに思うはずだ。
椿にはそういったドラマチックな人生が似合うと思う。
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