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離れの館に帰宅した鈴蘭は、椿の部屋に直行した。
いや、元、椿の部屋と言うべきだろうか。
部屋の主はもうここにはいない。
クローゼットの中身を残し、彼は愛しい人のもとへ行ってしまった。
扉を開けると、ふわりと甘い香りがした。
椿の香水の匂いだ。
チェストの上に紅い小瓶が置かれている。
椿の花をイメージしたその紅、その香り。
椿はこの香りも捨てて出て行った。
鈴蘭は蓋を開け、鼻腔をくすぐる香りに目を閉じた。
鈴蘭に用意されたドレスは、九条の誕生日会の夜に着たあの一着のみ。
しかしあの夜、汚れるのも気にしないで薔薇の茂みに倒れ込んだ。
そのせいでドレスには泥の汚れが染みとなって残った。
そんなドレスを未知の前で着る訳にはいかない。
鈴蘭にも星崎のオメガとしてのプライドが小さく芽生え始めている。
星崎の名を背負って、みっともないドレスで人前に出るなんてできない。
それは今までその役目を務めてきた椿や、星崎のオメガ達への敬意の表れだった。
椿のクローゼットを開ける。
中は、黒髪に白い肌の椿を一番美しく魅せる紅い色が溢れていた。
その中から鈴蘭のイメージを壊さないものを選び出す。
星崎が次の世代の鈴蘭に求めるイメージは清楚だ。
逆に椿には妖艶なイメージが求められいた。
深紅や黒のドレスを、椿は鈴蘭と同じ年齢から見事に着こなしていた。
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