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「そんなこと……が」
項垂れたまま、私は頭を抱える。暗い部屋の中で動揺していたとしても、あれほどはっきりと幻覚が見えるはずがない。そもそも私をあの中に閉じ込めた美濃部灯子の声を、私は扉越しにはっきりと聞いているのだ。
黙り込む私に、汐原はグラスに注いだ水を差し出す。
「もう大丈夫ですよ。きっと真っ暗な蔵の中に入って、一時的にパニックになっただけですよ」
「そう……でしょうか」
にわかには信じられなかったが、確かな根拠が無い以上、私がいくら話をしても信憑性が無いと思われても仕方がなかった。
グラスに入った水に口を付けた後、私は汐原に訊ねる。
「でも……どうしてあなたが?」
「いやあ、ずっと気になってたんですよ。あなた、神指に来て美濃部の家を訪れるって言ってたでしょ? その日付が確か今日だったって、思い出したんですよ」
「でも、だからといって何故、美濃部の家にまで?」
私の言葉を聞くと、汐原は「ああ……」、と苦々しく眉をひそめて言う。
「やっぱり、知らなかったんですね」
「知らなかったって……。何をですか?」
真剣な表情で訊ねる私に、汐原は溜息混じりに人差し指で頬を掻く。それは分からないというより、答えを教えていいのか迷っているような仕草だった。
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