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しばらく考え込んだ後、汐原は渋々口を開く。
「あの事件、あんまりニュースや新聞では大きくは取り上げられなかったから、もしかしたらと思ったんですがね」
「事件って……何のことです?」
訊ねる私を見て、汐原は話し難そうに続ける。
「ひと月ほど前、美濃部の娘……灯子が祖父の滋吉を刺し殺したんですよ」
「え……?」
それ以上、声が出なかった。汐原が何を言っているのか、分からなかった。
「ニュースでは単に肉親間の殺人事件って扱いだったんですけど、実際の現場は相当酷いもんだったらしいですよ。何でも刃物で滋吉の体を五体バラバラにして、蔵に置いてある祭祀で使う桶の中に放り込んだって話です」
「どうして……そんな」
「さあ。理由は分かりませんけど」
汐原は素っ気なく言うと、外した眼鏡の汚れををハンカチで丁寧に拭う。
徐々に頭から血の気が引いていくのが、はっきりと分かった。さっき私が見たあの桶の中に……滋吉の死体が入れられていた。人柱となった浅葱が押し込められた、あの座棺の中に。
「そんな……こと、が」
口を開こうとするが、喉の奥に何かが貼り付いたようにうまく言葉が出てこない。グラスに残っていた水を一息に飲み干す。喉がカラカラに乾いていた。
「そ、それで……灯、灯子はどうなったんですか?」
ベッドから身を乗り出す私に、汐原は首を横に振る。
「灯子は……滋吉を殺した後、すぐに神指池に飛び込んで自殺しました」
「……え?」
「死体も見つかってますから、間違いありません。容疑者死亡で事件は解決しました」
「そ、そんな……」
膝に掛けていた毛布が力なく床に落ち、室内に再び静寂が立ち込めていく。
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