【5 身削】

2/4
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 視界と自由を失った私を嘲笑うかのように、汐原は桶の天井を靴の底でざりざりとならす。 「この桶はすでに神指池の近くに埋めてあります。今、地上に覗いているのは桶の蓋、あなたにとっては天井になりますかね。その部分だけです。もちろん蓋は釘で頑丈に打ち付けてありますから」 「もう……埋められて」  私は木製の蓋を見上げたまま、じっとりと湿った空気に身を縮める。どれだけ側面を叩いてもびくともしなかったのは、すでに桶が地中に埋められていたからだ。 「私を、どうするつもりだ?」  乾ききった喉から声を押し出すと、汐原はさも可笑しそうに笑う。 「もうお分かりでしょう? あなたにもこの村の風習に参加して頂こうと思いましてね」 「風……習?」 「ええ。あなたが取材したがってた『身削』ってやつですよ。いやね、さっき言った『身削』が廃れたってのは、実は嘘なんですよ。この村には今でも『身削』がちゃんと残ってる」 「だから私に……人柱になれと言うのか?」 「いやあ、最近はこの村も過疎化が進んでましてね。足りないんですよ。いくら身を削って血肉を浅葱に捧げても、桶はちっとも満たされやしない」 「ふざけるな!」  渾身の力を込めて腕を振り上げるが、蓋は骨の軋む鈍い音を桶の中に響かせるだけだった。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!