【4 神刺】

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【4 神刺】

 朦朧とした意識の中、視界に入ってきたのは真っ白な蛍光灯の光だった。あまりの眩さに手で灯りを遮ると、その右腕には細いチューブの針が刺されていた。 「あまり動かさない方が良いですよ。点滴が抜けちゃいますから」  声のする方に首を向けると、傍らの椅子にどこかで見た人懐っこそうな顔つきの男が座っていた。 「……」  点滴の針の刺さった腕を見て、ようやく自分がベッドの上に寝かされているのだと気付く。 「目が覚めたみたいですね。大丈夫ですか?」  中年男は眼鏡のフレームを指で押し上げ、私の顔を覗き込んでくる。それが民俗資料館の汐原だと気付くのに、しばらく時間がかかった。 「汐原……さん?」 「ええ。覚えておいて貰えましたか」  汐原はパイプ椅子に座り直すと、眼鏡越しに目を細める。 「私……は」 「なあに、気を失っていただけですよ。特に怪我もありませんし」 「ここは……病院ですか?」  ゆっくりと辺りを見渡す。独特の消毒液の匂いの中、私の寝ている傍らには幾つかの白いベッドが無機質に並べられていた。ブラインドの隙間から見える外の景色は真っ暗で、私と汐原の他に人は居なかった。  頭を掻きながら、汐原は口の端を上げる。 「ええ。といっても村の診療所ですけどね。夜中に無理やり叩き起こしたんで、医者は向こうの仮眠室で不貞寝してますよ。まあ、もう爺さんなんで」 「私は……いったい?」  訊ねると、汐原はさも怪訝そうな顔つきで首を捻る。 「覚えてないんですか? あなた、運び込まれたんですよ。美濃部の蔵の中で倒れていた所を見つかって」 「美濃部の……蔵」  私はようやくさっきまでの出来事を思い出し、慌てて体を起こす。青褪めた私の顔を見て、汐原は驚いたように椅子から腰を浮かせる。 「どう……したんですか?」 「……」  私は口を噤んだまま、自分の体を見渡す。シャツが多少埃で汚れてはいるものの、ズボンや手に血が付いている様子はなかった。  ではあの蔵の中で見た光景は、いったい何だったというのだろうか?  血にまみれた部屋。肉の腐った臭い。桶から覗く白骨化した腕。屍蝋となって私を凝視した、浅葱の目……。  あれは全て……私の見た幻だったのか?
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