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【5 身削】
再び目覚めた時、辺りは真っ暗で何も見えなかった。
私は項垂れた姿勢のまま、座り込んでいた。じっとりと湿った空気が息苦しい。
「ここは……」
朦朧とした意識のまま、闇の中に手を伸ばす。
ガツッ。
指先に何かがぶつかり、すぐに手を引っ込める。すぐ目の前に、何か遮蔽物があった。
「何、だ……?」
ゆっくりと手探りしてみると、流線型に内側に弧を描く壁が私の周囲をぐるりと覆っていた。壁をなぞる指先に板の継ぎ目らしき一定間隔の窪みを感じ、私は思わず息を飲む。
「ま……さか」
足を伸ばしてみるが、足先もまた狭い壁にぶつかる。座った姿勢の数十センチ頭上には、頑丈な天板らしき蓋が打ち付けられていた。立ち上がろうとしても、天井すら塞がれた空間では膝を立てることすらできない。
僅かな光もない閉塞された空間の中で、底知れぬ不安が襲ってくる。
「う……ああっ!」
全く身動きが取れずに、私はむやみに腕を振り回す。その度に、手や肘が外界と隔てられた壁面に打ち付けられる。
「誰か、開けろっ! ここから出せっ!」
私はあらん限りの声で叫ぶ。だが何度こぶしを振り回しても、箱はびくともしなかった。
果てない苦痛と混乱の中で藻掻き続けていると、天井の辺りから、ザリッと土を踏む音とともに声が聞こえてくる。
「……まり……方が、良いですよ」
我に返った私は、慌てて動きを止める。それに気付いたのか、声の主は箱の中の私に再び呼び掛けてくる。
「あんまり暴れない方が良いですよ。空気が無くなっちゃいますから」
それは間違いなく、汐原の声だった。声の位置からも、汐原がこの箱の上に立って私を見下ろしているのは間違いなかった。
「し、汐原か?」
「ええ。ようやく目が覚めたみたいですね。ちょっと睡眠薬の量が多かったみたいで、心配しましたよ」
「早くここから出してくれ!」
硬く握り締めたこぶしで、天板を叩く。だが汐原はあからさまに大きな溜息をつくと、淡々とした口調で告げる。
「そりゃ無理でしょうに。あなたも自分がどこに居るのか、もう薄々察してるんじゃありませんか?」
「……」
さっきから鼻を突く、むせ返るような臭いを忘れることなど出来なかった。ただ私は、その状況を信じたくなかっただけなのだ。
だがそんな私の一縷の希望を、汐原はあっさりと打ち砕く。
「そう、あなたは桶の中に居るんですよ。『身削の桶』の中にね」
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