触れた唇

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「だからその、定食屋のおばさんが、鳴海さんに来てほしいって言ってて……」 一気に脱力した。 マジで期待して損した。 俺を頼って電話してきてくれたんだと思ってしまった自分が恥ずかしい。 「……なんだよ、おばちゃんか。面倒くせぇ」 そう言いながらも、もう足は玄関に向かっていた。 「あ、じゃあ私からおばさんに言っておくんで」 「いい。今から行くから俺が来るまでお前もそこにいろ」 そう言い捨てて電話を切った。 急いで駐車場に向かい、車のエンジンをかける。 自宅から店までは車で大体20分。 必死すぎる自分を心の中で笑いながら、アクセルを思い切り踏み込んだ。 たとえおばちゃんが俺を呼んだとしても、アイツから初めてかかってきた電話。 一応、アイツからの初めての誘い。 断るはずなんてない。 さっきまで全身に感じていた疲れさえも、電話がかかってきた瞬間からどこかへ飛んでしまっていた。
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