触れた唇

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あの日あの時間に、あのエレベーターに乗っていなければ。 きっと彼女に出会うことはなかったかもしれない。 同じ社内にいても、彼女が入社して3年間1度もすれ違う事さえなかったくらいだから。 彼女の笑顔を見つめながら、出会えた奇跡に感謝した。 2人で店を出て歩きながら、会社の駐車場へと向かう。 そのとき、俺の仕事用の携帯が鳴った。 電話の相手は、後輩の村瀬。 嫌な予感しかしない。 電話に出ると、案の定取引先のデータを誤って営業事務の女が紛失したとか面倒なことを言い出した。 ……嫌な予感は、大体当たる。 「悪い、今から会社行かなきゃいけなくなった」 「何かトラブルがあったんですか?」 「あぁ。取引先のデータのことでちょっとな。悪いな、送ってやれなくて」 まだ一緒にいたかった。 そう思っていると、彼女が俺の顔を見て少し笑った。 「何笑ってんだよ」 「だって……鳴海さんのそんな顔初めて見ました」 今どんな顔してんだ?俺。
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