私の好きな人

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私の好きな人

 陽光が雲間から射し、光がティーカップに落ちる。スプーンでかき回すと向かい合って座っていた久米島さんが溜め息をした。 「何とかなりませんか?」  私だって現状を何とかしたかった。けれど今すぐどうにか出来るものでもないし、やっつけ仕事で済まして良い事でもない。無い袖は振れぬなんて先人達はよく言ったものだと思う。 「何ともなりませんね」 「そうですか……」  久米島さんは一度眉を八の字にして溜め息と共に緩めた。そしてカップを手に取ると、ずずっと一口珈琲を啜る。自分が猫舌だという事も忘れてしまう程、切羽詰まっているのだろう。一瞬だけ顔をしかめると再び眉根が歪み二三咳払いをしてからカップを受け皿に戻した。 「やはり〆切には間に合いませんよね」 「そうですね。こればかりは本人の思い付き次第ですから」  参ったなと言いながら頭をかく姿が、昔飼っていた犬の太郎に似ていて何だか可愛らしいと思ってしまうのは内緒の話だ。マホガニーのテーブルにお互い向かい合い、そこに沈黙が溜まっていく。些か気不味い雰囲気になってしまった。     
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