3章 霞んだ心の向こう側

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この生活ももう何か月目だろう。 というか、最後に地下室を出たのはいつだったか。 研究も佳境となり、中核となるらしい複雑な部品をピンセットで組みながらサンドイッチを齧っていると、ふと頭に浮かんだ疑問。 「つーか何でこんなことしてんの?」 以前彼女はこの研究を仕事ではないと言っていた。 つまりは完全なる趣味。 私生活を放り出してまで打ち込むこの研究に何の意味があるのだろう。 なかなか返って来ない答えに、若干の気まずさを感じ始めた頃。 「…残したいのさ」 落ちた声は彼女のものとは似ても似つかないほど低く淀んでいて。 能天気さの欠片も見えず、けれど多分、いや絶対。 これが彼女の地なのだと、感覚が訴える。 「私がここにいたことを、刻みつけたいのさ」 「それって、ノーベル賞とか獲りたいってこと?」 結局は名誉の為かと、少しばかり失望しながら尋ねると彼女は静かに首を振る。 語られたのは、また彼女が遠くなるだけの、俺とは正反対の思想だった。  
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