1章 淀んだ心に繋がる手を

6/6
前へ
/23ページ
次へ
ガキが何を言っているんだと、怒られるだろうか。 それともバカげた話だと笑い飛ばされるだろうか。 こんなことを他人に話したのは初めてで、打ち明けてしまってから窺うのは名も知らぬ彼女の反応。 けれど、危惧したそれは拍子抜けするくらいあっさりしていて、奇想天外だった。 「じゃ、ウチに来なよ、しょーねん」 「は?」 「帰る場所がないなら寝食くらい提供するって話さ。ケガさせたお詫びと思って遠慮なく受け取るといいよ」 鶯色に近い、飛び抜けて不思議な色をしたぐしゃぐしゃの髪が躍る。 捻じ曲がった思想を肯定することも、否定することも、まして、揶揄することもなく。 ただ、もう何度も見た独特の笑い方で。 にゃはっと、受け流した。 否定されることを望んでいた訳じゃない。 引き留めて欲しかった訳じゃない。 なのに、何も言われなかったことがなぜか心苦しくて、居心地が悪くて。 バカなことを、と愚弄された方がきっとマシだった。 何も知らないクセにと、反発できた方が気が楽だった。 俺が見捨てた汚い『大人』は皆一様に、『あるべき理想』を押し付けた。 綺麗事の正しさを説くだけの、泥で押し固められた中身のない人間の群れの中に。 彼女の姿がなかったことが、これほどに空気を潰して、息を奪って。 相対した彼女は、そんなこと微塵も気にせず。 気ままに笑っているだけだった。  
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加