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結局、ケモミー君を彼女の家に運び終えた時にはもう夜も白んできていて。
遠慮なく、という彼女の言葉通り無遠慮に上がり込み、疲弊した身体を休めた。
遅れて痛む身体は痣だらけになっていたけれど、病院には行かないまま。
こじんまりした彼女の家に居座り続けてしまっている。
「しょーねん、いい加減コーヒーの淹れ方くらい覚えてくれよー」
「その前にお前はそんなボッサボサな恰好してんなよ…」
リビングでくつろいでいると、ヨレヨレの白衣の袖がにゅっと伸びてきて俺のコーヒーを奪い取った。
最初こそこの距離感に戸惑ったものの、彼女にとってはこれが普通らしい。
「少年。明日、十億円手に入れるとする。そうなったら君は何をしたい?何を望む?」
どうやらコーヒーは返してくれる気がないようなので、新しく淹れていると唐突にそんな話をされる。
相も変わらずボサボサな髪は邪魔だったのかこれまた無造作にまとめようとしていて、けれど途中でゴムが切れて諦めたらしい。
…ていうかそれ輪ゴムじゃねーか
「あるわけねぇだろ、そんな夢物語…」
「どうして?君は未来が見えるのかい?」
淹れ過ぎたコーヒーが不安定に揺れて、零れそうに波打った。
「しょーねん。もっと広くものを見てごらん。この世界は、君が考えているより自由なものなのさ。小さな籠で縮こまっているなんて勿体無いよ」
勿体無くなんかない。俺のこのちっぽけな身体を収めておくには、狭い鳥籠一つあれば十分過ぎる。
出ない言葉を、薄くて苦いコーヒーと一緒に飲み込んだ。
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