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部屋までカラーボックスを運んでくれた彼は、決めてあった配置にそれを置くとすぐに玄関に戻っていた。
「いや、質素な部屋が、俺が持ってきたもので溢れていくのは、案外嬉しいもんだよ」
口元に和やかな笑みを浮かべている彼は、今日も爽やかでいささか悔しい。
「相変わらず…」
「ん?」
思いのままに口に出た言葉に、彼がすかさず反応した。あ、と思ったが、続きを言わないのもおかしい気がして私は続ける。
「キザ」
はは、と彼がひとつまた笑う。
その返事はしないまま、彼は私の頭をぽんぽんと撫でると、唇に触れるだけのキスを落とした。それで私はなにも言えなくなってしまう。
いつもそうだ。手の上で転がされているようで、私よりもずっと経験豊富そうなその瞳もこの手も。ぜんぶ、好きなのにもやもやとしたものが残る。そして、可愛げのないことを言う自分にも嫌気が差す。明日にでも、「別れよう」と言われたっておかしくない気さえしていた。こんな私を傍に置いているこの人は、なにを思っているのだろう。
「来週末は、泊まりに来てもいい?」
じゃ、と言ってドアを開けた彼が振り向いてそう尋ねてくる。
「いいけど、亮んちにあたしが行った方が良くない?ベッド、狭いでしょ」
私の部屋のベッドはシングルで、彼の部屋はダブルだ。すでに女の気配がするけれど、広い方が好きなんだと言われたら、男の人はそういうものなのかもしれないと納得させられてしまった。彼は、ずるい。
「一人のときは広い方がいいけど、由宇と寝るときは狭い方が落ち着くから」
そう言い残して、彼は颯爽と帰っていった。
私にとっては身体さえ収まってくれればなんだって構わないベッドも、彼にはちゃんと寝るとき一つ一つにこだわりがあるようだ。頭の中が見えたらこんなに悩まなくて済むのに。そんな出来もしないことを考えながら、新しい収納スペースにものを並べていった。
小さなことで悩む私はまだあおい女の子のようで、けれど、伽藍洞のような部屋で寝具にさえもこだわらず寝られればいいと思う私はガサツで無趣味な男のよう。考えれば考えるほど、可愛らしい自分なんて見当たらなくて、彼が私を選んだ理由はひとつだって浮かばなかった。
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