ROOM.1 ジャワ・ハイツ203号室(3)

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 千曲の説教は流山のようにはいかない。上亮に反撃の隙も与えない。貼り付けているのは口答えを許さない凄みのある笑顔ときているのだから、余計にタチが悪い。  上亮は底の見えない上司に険しい顔を覗かせる。今にも殴りかかりそうな目つきだった。  数秒のにらみ合いが続く。 「なーんてね!」  朗らかな顔を作って、千曲は声音を元に戻す。  友好の証とばかりに手を広げた。 「ジョークジョーク!僕は冗談の通じるなえちゃんが好きよ?」  芝居掛かった言い草をすると千曲の顔は狸のように見える。 「なえちゃんが「現場バカ」って言われるくらい仕事熱心なことは僕たちみーんな知ってるもの。いろんな経験をもっと積んで欲しいと思ってるわ。良くも悪くもね」  千曲の言葉にわずかな含みがある。  上亮は、その意図を読み取るのに数秒をかけた。 「…どうも」  追求はしない。下手に藪をつつけば、それこそ内勤に飛ばされてしまう。  「物分りの良い子は好き」とこぼしながら、千曲はキャビネットに手を伸ばす。 「はい、〝署長特製猛反セット〟」  お開きの合図だ。上亮はわずかに頭を下げた。 「最近それ使ってるのなえちゃんだけよ、気をつけてね」 「ウッス」  緊張感など入隊式の時に置いてきてしまったといった感じだ。不良消防士は、挨拶もそこそこに室長室を去る。     
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