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ROOM.1 ジャワ・ハイツ203号室(1)
船乗りシンドバッドを襲った怪鳥ロックの鳴き声。そんな例えの似合う騒音が、狭い部屋を満たしていた。
低音から高音へと一気に駆け上がるスイープ音。絶えることは決してない。不快感しかない。理性では抑えることのできない部分をそれはもう丹念に刺激される。
睡眠を妨げる音の源が、手のひらに乗りそうなほどに小さなスピーカーであると知ったら。大抵の人間は怒り狂う。
だがそれでいい。
人を追い出すことがその装置に課せられた使命であり、存在理由だった。
「火事です。逃げてください。火事です」
火災報知器。
間抜けな音を立てて、逃げ遅れた男が布団の上に倒れた。激痛に喉を押さえながら悶絶する。暴れれば暴れる程、柔らかい布団は風をおこし、部屋を蝕む炎をますます大きくさせる。
(死にたくない…)
男はもがいていた。胸には恐怖よりも怒りや悔しさが先立った。これは〝心当たりのない〟火事だ。
数回咳き込む。それでも満足に空気を吐き出すことができない。地上だというのに、男は溺れている。
「…!!」
見えない縄に首を絞められる。
男の不健康にこけた頬が茜色に染まる。濁った目が反転する。
最後の力を振り絞って男は絞り出すようなうめき声をあげた。言葉を紡げるなら、こう言いたかった。
(助けて)
たった4文字の願い一つ吐くことも叶わず、男の体は炎に包まれた。
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