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ROOM.1 ジャワ・ハイツ203号室(5)
遠くに石油車のチャイムが聞こえるようになった頃、米津は「芦谷」と口火を切った。
笑顔はない。硬く、どこか意を決したものだった。
「これから消火栓点検行くよな?西ルート?」
機関員である芦谷の仕事の一つに、消火栓点検というものがある。消防車が放水に使う水は、街の消火栓を利用する。こまめに点検に行かないと、いざ消火活動をするという時に鉄蓋が取れなくなっていたり、栓が回らなくなっていたりする。
「俺と上亮を途中まで乗っけてってくれ」
程のいいタクシーだ。芦谷は米津に嫌がるそぶりを見せず、「あー、いいですよ?どこまでですか?」と尋ねる。
米津は短く答えた。
「大工町3丁目」
上亮の顔が、僅かに曇った。
芦谷も少しだけ間を空けてから、「…あれですか?」と確認する。
「そう。一昨日のな。火災現場検分」
ーーー消防の仕事は、何も火を消すことだけではない。
火事が起きた現場を調べ、出火箇所や原因の特定を行うまでが炎と戦う者たちの領域だ。
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