私と彼女とあの女

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電灯が消された部屋の中でどれだけ目を凝らしても、残念ながら彼女の言う人は見えない。 これも認知症の患者などにはよく見られる幻覚の類なのだろう。私はそう思いながら、仕方なく彼女に話しかけた。 「人は居ないみたいですよ。どこかに行ったんじゃないですか?」 「今も居るわよ」 「私には見えないですけど、どんな人ですか?」 病院のベッドには個々のベッドを仕切るようにカーテンが引かれている。風通しをよくするためか、天井から二十センチ程度は網目状になっているため向こう側が見渡せるようになっていた。 彼女が指差すのはそのカーテンの網目あたりだ。 「そこから顔が見えるでしょ、髪の長い女の人」 網目は天井から二十センチ。そこから顔が見えてるとしたらどんな巨人なんだと思わず笑ってしまった。 もそもそと隣のベッドの患者が寝返りを打つ音が聞こえて、とりあえず早くこの患者を宥めなければと思い直す。 「長い箸を持ってるから、隣の人を食べてるみたい」 「こ、怖いこと言わないでくださいよ。もう夜中ですから、お話はまた朝にしましょう。おやすみなさい」 一瞬頭の中で彼女の言う巨大な箸を持った女が人を食べているのを想像して、背筋が冷たくなった。     
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