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コウジはパン屋で買ったアンパンを半分にし、包み紙に戻した。半分になったアンパンを二口で平らげて、研いだばかりのサバイバルナイフを小さめのリュックサックに入れた。残したアンパン、タオル、水が入ったペットボトル、乾パンも入れた。
柔らかめのチノパン。長袖のティーシャツの上からウィンドブレイカーを被った。
目を閉じて、小さく二回、三回と深呼吸をした。
この時を待っていた。この時のために生きてきた。
鍵を掛けずに家を出て、早歩きで目的地に向かう。まだ朝方だというのに線路沿いの道は人気がない。しかし、それもまた都合がよかった。ここに住むことを決めたのもそれが決めてだった。
人に干渉されない。人目を避けられる。この二つが、新しい住居の条件だった。
高校を辞めてアルバイトを掛け持ちし、八年間ライフスタイルを崩さずに過ごしてきた。アルバイトは一ヶ月前に全部辞めてきた。普段質素な生活をしているだけあって、貯金はすでに四百万を超えている。通帳とハンコ、財布やキャッシュカードなどは最初からリュックサックに入っていた。
長かったようで短かった。一心不乱に、今まであったことを忘れるかのように働いた。けれど忘れることなどできなかった。それどころかどんどんと気持ちが強くなっていった。
電車が数メートル横を通り過ぎていった。その音さえも、コウジの耳には届いていないようだった。
父の顔、母の顔、そして十二歳離れた弟の顔を思い出す。父にも母にも感謝している。なにより、弟の笑顔が頭から離れなかった。
自分の行動を真似るため、迂闊なことはできなかった。逆を言えば、弟がいたからこそ真面目に生きようとしてきた。弟が背中を追ってきてもいいようにと勉強にも励んだ。部活にも精を出した。
いつか、弟と一緒にキャッチボールができればいいと思っていた。小さなグローブを買って、次の誕生日にプレゼントしようと思っていた。
それが、八年前の記憶だ。
大通りに出て右に曲がった。そのまま十分直進してから歩道橋を渡った。
高速道路の下をくぐり、大通りを横断した。そこから二十分ほど直進し、近くの公園に入った。
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