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 一度ナイフを引き抜き、もう一度刺した。「ぐぅ」と変な悲鳴を上げる。もう一度引き抜き、刺した。  それを幾度か繰り返し、ようやく男が絶命した。コウジは、初めて会った日の男のように血まみれだった。  立ち上がり、男を蹴飛ばした。もう用事は済んだ。  誰かの悲鳴が聞こえた。公園の入口でカップルが口を抑えていた。男女、共にコウジに恐れおののいている。  コウジはリュックから水とアンパンを取り出した。それを、ブランコの前に置いた。 「ごめんな、あの時、俺がもっとちゃんとしてればこんなことにはならなかった」  弟はまだ小さかった。だから、一人前の食べ物を一人で食べられなかった。  アンパンが好きだった。けれど一人で一つは食べられない。  小さな手でアンパンを割り、不格好な切り口のアンパンを、必ずコウジに差し出してきた。目を細めた笑顔で、嬉しそうにこう言うのだ。 「にーちゃ、はんぶん」  八年前の日常だった。それが当たり前だった。  ぷくぷくとした頬は弾力があって、とても気持ちがよかった。頬を両手で包んで揉んでやると、嫌そうにするくせに離れたがらない。手を離すと、今度はこちらに向かって同じことをしてくる。そういう、弟だった。  思わず、血だらけの手で顔を覆った。  どれだけ手を当てても、流れてくる涙を止められなかった。  じきにサイレンが聞こえてきた。ああ、もう行かなくてはいけない。けれどここから動きたくない。  生きていれば、きっと一人で一つのアンパンを食べていてもおかしくない年だ。だから、余計に切なくなる。  いつか「はんぶん」と言ってパンを差し出さなくなる日が来ると思っていた。もう、そんな日は訪れない。 「ユウマ、はんぶん、な。にーちゃんと、はんぶんこだ」  嗚咽を殺さず、コウジは泣いた。  たくさんの思い出なんてない。ないかもしれないけど、きっとこれからたくさんの思い出ができると思ってたのだ。  今でもそうなればよかったのにと考えてしまう。だからこそ涙が止められない。
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