第一章

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第一章

────風車島  無限に広がる海の向こう側。大陸の者はその存在すら知らず、島民以外の人間が寄り付く事は有り得ない絶対の孤島。そこがいつから『風車島』と呼ばれることになったのか。もはや疑問を抱く者すらいないほどに、そこは最初から『風車島』として存在していた。  島の周囲は木々に覆われ、島民でさえ一人では踏み込むことの無い鬱々とした森となっている。陽の光も届かないそこを抜け、中心部へと向かった先。突如拓けた場所が島民たちの居住区域だった。それまでの森が嘘のように、直径10キロにも渡る大草原が顔を出す。一面緑に覆われたこの場所には家が立ち並び、放牧された牛や羊たちが自由に行き交う穏やかな空間。ごく小さな島だというのに、閉塞感などは微塵も無かった。  陸上には存在しない小動物が草原を駆け回り、見たことも無い幻想的な青い鳥が空を舞う。だがそれが当たり前かのように、島民たちは全てと共存して生きてきた。  三百人程が生活する風車島。そんな島を分断するように流れるのは二本の川だ。  一見すると海のように広大で、湖のように澄んだ北のリライード川と。一筋の糸のように繊細で、綿密に織られた絹のように滑らかな南のファルア川。各々の曲線を自由に描く二本の川が、島民たちの居住区域を横断している。  その二本の川に沿うように、19基の風車が等間隔で立ち並んでいた。  風車島の名に相応しい圧巻の光景。それを眺める一人の少女は、風に靡くアッシュブロンドの髪を抑えることもせずに目を閉じる。柔らかい綿の白いブラウスに、オブシディアン色のふんわりとしたスカート。ミモレ丈の裾が風に揺れるたび、少女の白い足が露わになる。  今は『風車祭』と呼ばれる行事の準備に忙しい時期であり、少女もまた、それを手伝う島民であった。といってもそれほど大掛かりなものでもなく、行われているのは島民総出で島中に旗を掲げるという作業のみ。この一年で島の女達が丹精込めて織り、一色一色手作業で染め上げた麻布の旗を、広大な草原いっぱいに飾り付けるのだ。至る所に建てたポールにロープを渡し、そこに結びつけた色とりどりの麻布が横並びに泳いでいる。 名目は”収穫祭”。 祭りと呼ぶには随分と落ち着いた、どこまでも穏やかな催事だ。
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