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それと同時に少女は思う。ここは人の寄り付くことのない絶対の孤島。少年が辿り着いた理由が偶然の積み重なりであるように、それを上回る程の偶然が積み重らねばここから出ることも不可能だろう、と。事実そうやって迷い込んできた人間はいたが、無事に帰ることの出来た人間を少女は知らない。
「俺は君のこと知ってる。”やさぐれアミー”って有名だからね」
「その呼び方嫌いなのよ。やめてくれない?」
「みんなそう呼んでるのに?」
「嫌がる私を面白がってるの。呼ばれるたびに箒で追いかけ回してるわ」
「ははっ。名前の由来が分かった気がする」
楽しそうに笑う少年が気に障ったのか、唇を尖らせてそっぽを向く少女。相変わらずの風が二人の髪を攫い、風車祭の麻布が宙を踊る。歳も近かった二人は意外にも早く打ち解けていき、互いの名を交換した。少女の名はアミー、少年の名を星野 天という。結局その後も二人は話に夢中になり、作業の進んでいない様子に気付いた島の大人たちに叱られることとなった。
────────
風車祭の当日は、今にも雨がこぼれてきそうな曇天だった。
飾り付けた麻布が湿ることのないようにという島民の願いが叶ったのか、ギリギリのところで雨を堪えた灰色の雲が風車島を覆う。祭は島の音楽隊が開催の音色を奏で、集まった島民たちが各自持ち寄った料理や酒を飲み、ただ楽しく一日を過ごすというもの。
単純かつ質素で、それでも多くの者が楽しみとする風車祭。それを人混み外れた丘の上で見学するアミーと天は、島にのみ生息するコーラルラビットのロースト肉と、ネクタリンのノンアルコールカクテルを味わっていた。これもやはり祭りの日にしか口に出来ない特別な品だ。アミーは寝転がった状態で器用に飲み食いし、天は自宅から持ち出した小さな丸椅子に腰掛けている。三脚イーゼルにカンバスを載せ、熱心に絵を描く天を眺めるアミー。
「楽しい?」
「ん? ああ、楽しいよ」
言いながらパレットと筆を置き、椅子に座ったままくるりと方向を変えてアミーの方を見た。
「俺、画学生だって言ったけどさ。正確に言うとバイゼルの民なんだ。聞いたことない? 描いた絵を具現化出来る一族」
「え?」
初めて聞く情報に驚いたアミーが上半身を起こす。 天と目が合い、暫しの沈黙が流れた。遠くに聞こえる談笑と、音楽隊の音色だけが鼓膜を揺らす。
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