第一章

4/7
前へ
/64ページ
次へ
  天はつなぎの胸ポケットから手帳を取り出し、一枚を千切ってフォークの絵を描いた。その上に中指の腹を乗せ、ススッとS字を描くように絵をなぞる天。途端、描かれた絵が淡く光り、発光が収まったと同時にぽとりと銀のフォークが落ちる。自らの膝の上に落ちたそれを手に取り、手づかみでロースト肉を頬張ろうとしたまま硬直するアミーへと差し出した。 「はい、どうぞ」 「…………」 「びっくりしたでしょ。皆には内緒ね」  呆然としたままフォークを受け取るアミー。だというのに何故かフォークを下ろし、手掴みのままロースト肉を口に入れる。気が動転している様子に気付いた天はそんなアミーを笑い、そして優しそうに見つめた。  一方、もぐもぐと口を動かすアミーは必死に頭の中を整理する。天からの優しげな視線には気付くこともなく、掛けられた言葉にも反応せず、やっと導き出したアミーの一言。 「……私も」 「ん?」 「私も! 私もやってみたい! それ!」  先ほどまでとは打って変わり、瞳を輝かせて立ち上がるアミー。天が使用した紙とペンを使えばきっと自分にも出来るはずだと言い張るアミーは、「バイゼルの民以外には出来ないよ」と諭す天を無視してありとあらゆる絵を描き殴る。けれどそんなことよりも、猫にしか見えない羊や積み木にしか見えない風車など、あまりの絵心の無さに笑い転げる天だった。  そうしてどれだけの時間が経っただろうか。数枚の紙切れにぎっしりと絵を描き尽くしたアミーは、精魂尽きたかのように倒れこんだ。うつ伏せで荒い息を繰り返し、そのうちにむくりと起き上がって天を睨む。 「……できなかった」 「あはは! だから言ったでしょアミー。ほら、諦めてお肉食べよう。俺のもあげるから」  自分の出したフォークを使ってアミーの口にロースト肉を持っていく。それをパクりと食べるアミーに思わず噴き出す天。 反射的に食べてしまったことを恥じたアミーの頬がみるみる赤くなり、天に背を向けて豪快にカクテルを飲み干した。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加