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「うん、そうね。それなら仕方ないわね」
淡々と言い、天が眺める海へと視線を向ける。空が陰っているせいで輝きはなく、底まで呑まれてしまいそうな蒼色の海。潮気を含んだ空気が島を包み、木々たちがざわりと擦れるたびに小鳥が飛び交った。アミーは少しの間だけ目を閉じ、島を漂う全ての音に耳を傾けてから天へと歩み寄る。そんなアミーを不思議そうに目で追う天。しかしアミーはするりと天の横を抜け、椅子の上に置きっぱなしだったパレットを手に取った。人差し指の腹で白の絵の具を掬い、そのまま天の絵に指を乗せて滑らせる。
みるみる描かれていくのは真っ白の雲だ。灰色一色の空に異常なまでの存在感を放つ、純白の入道雲。
「でもほら。絵ってなんでも描けるのよ。囚われていたら勿体無いわ」
「別に俺は囚われてはいないよ。本当に、ただ海と空の絵を描きたかっただけ」
「うん。でも不思議。天の空は灰色一色だもの」
「そりゃあね。今日は曇ってるし」
「そうかしら」
苦笑いを浮かべる天の横へと手を伸ばし、アミーは地べたに転がるスケッチブックを手に取った。使い込まれた跡が色濃い表紙をめくり、一枚、また一枚と中身を晒していく。
「天が描く空は曇りばっかり。いつもは晴れてるのに」
「…………」
「ねえ天。貴方から見える島の空は、どんな時でも灰色なの?」
天の顔から笑顔が消えた。揺らぐ瞳は何度かアミーの悲しげな表情を写した後、逃げるように左斜め下へと向けられる。返す言葉に戸惑う天は、全てを隠すようにまた微笑んだ。
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