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──だが、そんな中での誘いだった。
『にき、社交ダンス部に入ろう』
……ん?
夕方自宅へ帰ると、一時間後くらいに翔馬が私を訪ねてやって来たのだ。
翔馬がうちを訪ねることは珍しくないが、今日はやけにキラキラしており、眩しいのは気のせいか。
『にき、社交ダンス部に入ろう』
もう一度言われた言葉を、私は脳内で必死に噛み砕く。
とりあえず自分の部屋に招いてお茶を出すと、翔馬は満面の笑みを浮かべている。
『社交ダンス部、見てきたの?』
『うん、凄くカッコ良かった。ホントに、カッコ良かった』
社交ダンスについて熱く語る翔馬に、私も笑顔で彼を見つめる。
翔馬、本当に楽しそう。ワクワクしていて、これからの未来に希望を持っているような、そんな表情。
『社交ダンス部、本当に良かったんだね』
『うん、良かった。良かったんだよ』
『でも、どうして私も……?』
『にきと踊りたいなって思ったから。一緒に練習して、踊れるようになりたい』
この状態でダンスなど踊れる気がしない。
私は難聴で、ただでさえ普通に暮らすだけでも、翔馬よりは苦労をしているのに、ダンスなんて、考えられるわけがない。
だから、私はやんわりと断ろうとするが、翔馬は一歩も引き引き下がろうとしないではないか。
『一度、見学だけ行こうよ。聾学校の生徒も歓迎だって、部長言ってたから』
『でも……』
行っても、見て帰るだけだと思う……。
『舞子ちゃんも一緒にさ。じゃあ、俺そろそろ帰る』
立ち上がる翔馬は、私の頭をポンポン、と優しく撫でると、笑顔を残して部屋を出ていく。
ちょっと待ってよ、と翔馬の腕を握るが、翔馬はただ大きく頷くと私の腕をすり抜けた。
社交ダンスって言われても、全然知らないし……。どう考えてもできる気がしない……。
翔馬の好意での誘いだったのは分かるが、正直、私を誘ってほしくなかった。
好きなら好きで、自分だけで楽しんでほしかった、というのが本音である。
翔馬の生き生きした瞳で語られる話を、うんうん、と聞くだけで良かったし、それで私は十分満足なのに。
うぅ、何だかとても気が重くなってきた……。
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