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夜が明ける前に屋敷に戻ると、若の部屋の枕元に座り、落ち着いた呼吸を確かめて手を伸ばしかけて止め握り込んだ。
「…ん、…榊か、…泣いてるのか?…どうした?」
「…いいえ、なんでもありません」
胸が締め付けられる。
若がこんな世界にたった独りで戦ってきたのかと思うと身が引き裂かれそうになる。
「…心配するな。…こんなのなんでもない。榊、おまえを失うことに比べたら」
「若…」
若が切れたくちびるのまま笑って見せた。
汗で濡れた髪。
殴られて熱を持った頬。
冷たい月のようにあんなにも美しかった顔が痛めつけられ痣になっている。
「…おまえが無事でいてくれた。それだけが救いだ」
こんな時にさえ優しい。
今まで若の優しさに気づかなかった。気づこうとしなかった。
今となっては遅すぎる。
身を捩ると若が顔をしかめて呻いた。
「若…今、誰かを呼んで―――」
「いい、呼ぶな。おまえがいてくれるだけでいい」
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