第弐話 『彼岸の入』

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―2― と、少し先の岩場の辺りでその鳥に餌を撒いている女性がいるのに気付いた。 興味があったので私はそっと近寄り、あのう、とその人に声をかけた。 黒髪を後方で丸く纏め、上品な絣の着物を着ているその人は、餌の入った紙袋を抱えたまま私を振り向き、 「なにか?」 と首を傾げる。 「あの、すみませんがあの鳥はナンという鳥なのですか?」 と指し示しながら私が尋ねると、女性はああ、と言いながら私の人差し指の指し示した先をみつめながら頷き、 「クレウツェットというのですよ」 と言った。 「他の国ではビアロザルとも言うそうですが、……きれいな鳥でしょう?」 「ええ、そうですね。に、してもあの鳥は猛禽類ですか?」 「いいえ、水鳥です」 「その割には足が丸で鶴や駝鳥の様に長い様でしたが」 女性は私の疑問には答えず 「もっとも時々……繁殖期には動物を……時には人も攫って行く事がままある様ですよ。と、言う事は肉食なのかも知れませんね」 と、答えた。 それではやはり猛禽類ではないか、と私はあんぐり口をあけて彼女を横目でみたが、やはり彼女は知らんふりで、持っていた紙袋の中に大量に入っている大き目の麩の様なモノを、海に撒き始めた。 ぷかりぷかりと浮かぶその鳥達は潮流の行き来を利用してその餌をひょいひょいと拾っては美味そうに食っている。 黒い波が時折光をキラリと反射させると、かの猛禽類(と私は思っている)の金色の瞳に宿ったのを私は見て取った。
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