第弐話 『彼岸の入』

4/9
前へ
/38ページ
次へ
―3― このままぼんやり海を眺めていても仕方ない。 私は帰り道を探す事にした。 兎に角人の沢山いる方向……背後の昭和の初期に作られた様な古びた旅館へ向かって歩き出した。 私が入り口に向かって歩いて行くのとは逆に海水浴客らしき夏服や水着の人々がちらほら海へ向かって談笑しながらすれ違う。 私はその時、肌身に感じる気候と自分の冬服に若干とまどいを感じながらホテルの玄関の前へ立つ。扉はガラスの自動ドアらしいが開けっ放しになっている。ひどく無用心なカンジを受けた。 フロアーは年季の入ったバーガンディレッドの下地に黄土色のペルシア風の花模様が描かれた絨毯がひかれていて、目の前の巨大なショーケースに四つん這いの格好の剥製の熊がこちらへ向かって口をあけている。 そのショーケースの壁の裏にどうやた階段があるらしい。 そして、事件はそこで起きていた。 なにやら人がわらわらと集っており騒然としている。 怒る声、笑い声、困惑の声、子供の泣き声、誰かが何かを支持する声……兎に角様々な年齢層の様々な感情の入り混じった声と言う声がホテルのフロアーを飛び交っていた。 その騒ぎの中心をみて私は吃驚仰天する。揃いの祭りの衣装を着た男達が、幅2m弱かと思われる階段から神輿を下ろそうと20数人がかりで奮闘しているのだ。 しかも神輿はあと五段下ろせばと言う所で、右側の壁に蕨手が、手前の壁に担ぎ棒の一部が引っかかってしまいにっちもさっちも動かせなくなってしまった様なのである。 「バカヤロウッ!だから俺は窓からロープで吊るっておろそうっつったんだよっ」 騒ぎの様子を少し離れた場所に立つ、長者らしい経験豊富で頑固そうな老人が腕組みの格好で顔を真っ赤にして怒鳴った。 その様子を見て楽しそうにゲラゲラと笑いながら褐色の肌の中年の髭面男が、 「でもよぅ、おやっさん、降ろすったって5階からだぞ?そもそもそんな長いロープはねぇし、仮にやったとして途中でロープでも切れたらそれこそおおごとだぜ?それにここまで降ろしてこれたんだ。工夫すりゃあもう一押しよ」 とこともなげに言う。 そのあっけらかんとした様子を見て年長者はカッと一声あげてそっぽを向くとぶつくさ呟いた。 「大事な神輿をなんだと思ってんだッ……最近の連中はっ」
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加